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2001年7
〜はじめに〜
取材店を探すため、日夜、街なかを徘徊する編集部の面々。
ある時は常連満タンの居酒屋で女二人杯を傾け、
またある時は昼膳をいただくため琴の音響くお座敷に男独りで鎮座する。
飲み処のハシゴ3軒はまぁいいとして、ランチを2軒完食するのはさすがにキツイ。
キツイけれども、食べ続けるほか道はなし。
女将や主の怪訝な視線を軽くいなし、ふくれる胃袋をなだめつすかしつ、
ロケハン隊は今日も行く。
そんなお食べ地獄のさなかに出会ったイイコト、ワルイコト、有象無象…。
本誌では明かすことのない裏話、お店で目にした、心に響いた小さなドラマの一端を、こっそり、こってりお披露目します。
5月×日
第1特集「下町の名店」の店探しのため、JR西九条駅に降り立つ。ターゲットは高架下の焼肉屋。暖簾をくぐった途端にモウモウと立ち込める煙、ジョワジョワと肉を焼く音。音と煙りの元を見やると昔懐かしい卓上コンロ!
無煙ロースターが常識の近ごろにあって、これって、かなりビジュアル的に「下町感上々!」なのでは――!? 瞬時に写真のカット割が浮かぶ。肉の盛合せを並べて、焼いてるところは煙りを入れつつ、オヤジもええ味だしてんなぁ……。
こんな時、編集者はひとり悦に入るのだ。いいぞ!いいぞ。絵づらはオッケー!! 味は? どうなん?――お願い、頼む〜!! 何といってもこの日はここで3軒目。この店があかんかったら、本日の収穫なしやねんから。すがるような思いでメニューを見る。生肝、塩タン、テッチャンなど。まず鮮度を計る生モノを頼むのは下見の基本。塩モノも同じく、そして内臓モノも。
普通はここで、さらにこの店のスペシャリテを頼むのが定石ではあるが、お腹にはすでに焼鳥8本、寿司10巻が収まっている。店のお母ちゃんから「でかい図体して、これだけで足りんのかいな」と言わんばかりの一瞥をくらおうが、これ以上食べたら胃が裂ける。ムリ。「とりあえず、そんだけ」と、こんな時のこれまたお決まりのセリフでその場を凌いで注文を終える。
運ばれてきた料理は、食べる前からそれが標準以上の味であることを示していた。美味しいものはそれがどんな素材であろうが、ツヤツヤとした輝きのようなものがあるのである。
こういう時、人間の食欲というのは恐ろしいものだとつくづく思う。箸の動きも軽やかに、生肝をつかみ口に放り込むその一連の動作の素早いこと。さらに「うまい〜!!」と、嬌声を上げながら、すでに箸が次の肉をつかんでいるのには我ながらあきれてしまう。親が見たら悲しむやろなぁ、連れが見たら引くやろなぁ、そんな思いもふとよぎる。それでも、取材をさせてもらう店だと思えば、料理を残すのは心証が悪い。それゆえ、涙目になりつつもなんとか全ての料理をお腹に押し込む。まさに、胃の苦行。肥満への階段をウサギ飛びで昇る思い…。「でも1軒決まったよね」。誰も言ってくれないので、自分で自分を励ましつつ、支払を済ませて領収書を受け取る。ほかの客がいなければ、その場で取材を申し込むところだが、忙しそうな時はそのまま退散。ここまで来たからには、心証よく。あくまで店への気遣いを忘れてはならない。
それなのに!! 断られた。しかもケンモホロロニ。「取材? 今、店のモンがおらんからわからんわ」ガチャン。あれれ? 電話? 切れてる?
………。ちゃんと店が暇そうな時間に電話したのに。ちゃんと残さず食べたのに。なんで?なんで?なんでぇ〜!? 「店のもんおらんって、オッチャンとお母ちゃんしかおらんかったがなっ!!
ネタはあがってんねんからなぁ〜」。ロケハン時の苦しい記憶が取材を断られた悲しみにかぶさり、理不尽な怒りへと変貌する。「このままでは済まさぬぬぬぬぅ」。ほとんど意趣返しのような心持ちで、なんとかその店を落とすための算段を練る。この店の場合、「はなっから取材はお断り」というヘンクツオヤジ系なので重ねての電話は火に油。禁物である。下町のことだからきっと取材をした店の中に知り合いがいるはず。コネを辿るのが一番と思い調べてみると、いはりましたがな、もう20年来の仲間という寿司屋の大将が。果たして、親切な大将の口添えのお陰でなんとか取材の約束を取り付けることができた。そして、そのヘンクツオヤジが実はとってもええ人やったというお話は本誌でご紹介のとおり。
こうして、やっとの思いで店を口説くことはよくあることだが、そんな時、「ほんまにあまから手帖の人は熱心やねぇ」と言われることも少なくない。ある意味で「いい店だから絶対に取材をしたい」という真摯な思いであるのは確かだが、その思いをロケハン時に覚えた執念が後押ししていることも、(大きな声では言えませんが)これまた真実なのである。(勤)
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