2001年10月 

いざ、本日よりお弁当特集のロケハン開始。いつもなら覚悟を決めるその初日、いつになく私の気分は落ち着いていました。
むふっ。
余裕や…。
だって今月の特集は「お弁当」。お・べ・ん・と・なんですよ、なんたって。お弁当と言えばあれでしょう、白いご飯におかずがいっぱい。ま、ご飯は白とは限らなくても、とにかく彩りだけじゃなくって味も栄養も考えぬかれたおかずがバランスよく入ってるんです。バ・ラ・ン・ス・よ・く。旬の魚が味わえて、煮物もたっぷり。もちろん要のご飯はしっとりふっくら。いまどき家でもこんな食事は出てこないでしょう、なかなか。
「バランスのいい食生活」―――
お食べ地獄を生きる私には遠いことば。年に一度の健康診断で必ずアドバイスされるそのひとこと。
それがやっと実現できる。せつな10日間ほどではあるけれど。
いいんです。たとえ短期間でも人間らしい&日本人らしい食生活が営める。少なくとも、胃痙攣を起こすほど寿司を食べなくても、関節が痛むまでラーメンをすすらなくても、肝臓細胞を死滅させながらはしご酒をしなくとも、血圧を計りながら塩辛……。ま、いいでしょう。コホン。えーと。とにかく、そんな無茶をせずに済むんですから。今回は。
そんな訳で、異常な日常が紡いだ“ひとときの平穏”を支えに、私は心安らかにお弁当ロケハンに望めたのです。そしてそれは予想どおりの順調なすべりだしでした。いつもと同じように昼は料理屋さんでお弁当を下見し、夜はデパートで買ったお弁当を味見をするという「弁当漬け」の生活を送りながらも、心遣いのお弁当たちは“普通の人が普通に食事をしているように”私の身体を健やかに保ってくれたのです。
お弁当ってスゴイッ。
お弁当はエライッ。
お弁当バンザーイ。
るん。
このロケハン中、私は心の底からそう思いました。何度となく、何度となく。
そうして穏やかな日々が7日間続き、あと3日、もうお弁当ロケハンも終了という頃に、異変は起きました。お弁当チームの誰かがつぶやいたのです。
「トンカツ…。喰いたいナァ…」。
「……」「……」
「俺はカルビ定食がええなぁ…」
「私アツアツのパスタ!」
「マ×ドでもいいヨこの際…」
「……」
「おべんと、飽きちゃったネ…」
「…ネ」
「…うん」
「……」。
翌日の昼、いつものようにチームのみんながお弁当のロケハンに出かけていきました。私もホワイトボードに「お弁当ロケハン」と書いて会社を出ました。
私は電車で次の駅までゆき、ごくありふれた町の中華料理屋で「中華定食A」を食べました。ギラギラと赤い海老チリと脂肪のたっぷりついた鶏の唐揚げ、それに、噛むと歯と歯の間をぬらりと横滑りするような酢豚が収まったプラスチックの松花堂。アーモンド型に抜かれたご飯はてっぺんの米粒がぺたんこになっている――そんな松花堂でした。
きっかり15分。
ガツガツと、たぶんほとんど獣チックに、私は「中華定食A」を食べ終えました。
昨日まで食べてきた美しいお弁当たちに申し訳ないようで、今日もお弁当を食べているみんなに後ろめたいようで、私は「中華定食A」をカタキを討つようにして食べたのです。
お腹が満たされると同時に込み上げてくる自戒の念。でも、なぜだか後悔する気にはなれませんでした。
だって、食べたかったから。
そう。食べたかったんです。私は。
そんなもんなんだ。私って。
ワハハ。
そう思うと何だか可笑しい。
バランスのいい食事ってのも飽きるもんなんですね。食べ続けると。
「仕事」という圧迫感がそうさせたのか、お弁当といえど所詮「外食」だからなのか、そういう「食習慣」で育ってきたからなのかはわかりません。ただ、お弁当(それもとびきり美味しいものでも)1週間食べ続けると確実に飽きるということを経験から知ったのです。それなら、家の和食も1週間食べ続けると飽きるんだろうか…。もう随分長い間そういう1週間を経験していないことに改めて驚き、ちょっと考えこんでしまいました。
昔、それもたいして古くない昔、日本人は和食を毎日毎日食べていたはずなのに。いつから家庭の食卓が万国博みたいになったのでしょうか。
みなさんのお宅はどうですか。
最近、1週間連続で和食だけを食べたことがありますか?
P.S. そんな訳で、あの日、私はロケハンをさぼりました。
お弁当チームのみなさんごめんなさい。(iso)