2001年11月 

祇園のうどん屋さんでのこと。
その日、我々は2軒のうどん屋さんをロケハンした。 1軒目はとても有名な――ガイド本にもたびたび登場するような――店。
宵もなかば、とりたてて忙しくもない時間らしく店内の客は自分たちだけ。うどんの味はフツウだった。悪くもなければ、期待していたほど飛び切りでもない。むしろ、気にかかったのは店の空気の方だ。ぬるい番茶を持って注文を取りに来たおにいちゃん、アルミのおかもちを下げて出ていったおじさん…。店の人を見るにつけ、なんだか居心地がよろしくない。思えばそれは暖簾をくぐった時からうすうす感じていた気分かもしれない。ジャストではないけれど近い言葉をさがすと“暗い”とか“陰気”とか。店を包む“気”がどんより停滞しているのだ。何が不愉快というわけでもないが、きわめて不満。電車でとなり合わせた人がたまたまキライな奴にそっくりだった、まぁ喩えて言うならそんな感じ。清算しようのない不快感に包まれて我々はその老舗店を後にした。
もう1軒は割と新しい店だったが、扉を開けると意外なシーンに出くわした。15席ほどしかない店内がガイコクジンでてんこ盛りなのだ。唯一空いていた隅の席に腰をおろした後も、暫く〈うどん屋×ガイコクジンご一行〉の掛け合いで楽しませてもらった。
「コレハ ドンナ ウドンデスカ?」
「えーと、こっちが天プラ、こっちはテンカス。天プラは中身アリ、テンカスはコロモダケネ。ワカル?」
「ハイ。テンカスウドントキリンビールヲクダサイ」
「はいはい。じゃ、このヒチミをかけて食べてネ。スパイス スパイス。ジャパニーズスパイスですヨ。あ、スコシダケネ」
フランスからやって来た学生さんらしき男女とうどん屋のおばちゃんとのなんとも微笑ましいやりとりにすっかり和んだ。うどんはというと、麺が柔らかいのがやや気になったが、だしはすっきりと飲み干したくなるようなおいしさだった。
やはり、その場では取材を申し込むか否かは決めなかったが、我々はある種の充足感をもって店を出ることができたのだ。
悩んだ末、結局、2軒目の店に取材を申し込んだ。味だけならば、そう大差がなかったかもしれない。1軒目の店が超有名店だったということも選ばなかった理由の一つではある。でももし、あの有名店で、きびきびとあるいは、にこにことした気分のいい接客を受けていたら、我々はそこを取材したかもしれない。
そんなことを経験するたびに、心に残るのはせつない気分だ。
「おいしいのに…ね」
我々にとっては、時に「おいしくなかった!」よりもツライ言葉となる。(田)