2006年5月
苦労しませんでした。いえ、ロケハンの話。
このコーナーは、各月号の特集担当が、聞くも胸やけ、語るも胃腸炎な試食行脚の苦心談をつづるのがお約束です。が、5月号・パン特集で私が担当した京都エリアは、それでなくとも個性的でおいしいパン店が林立する地。リストアップしたお店を回りきる頃には、掲載店を絞り込むのに辛い思いをするほどでした。
焼き上がり時間が決まっているとはいえ開店時間は長いし、買ってきたパンの試食だって、スタッフみんなで分ければ大した量ではありません。しかもパンです。なかなか飽きません。にぎりや造りなど生モノ続きのロケハンで次々と体調を崩していった、4月号・寿司特集チームの面々に申し訳ないくらいの楽チンさだったのです。
というわけで、今回のロケハン日記はこれにて。
と、終わってしまうと短すぎて給料を減らされるかもしれないので、もう少し書きます。「シズル」の話です。歌手のおおたか静流さんとは関係ありません。
写真や広告の世界でしばしば使われるこの単語は、ステーキなどが焼けるときの「ジュージューという音」を指す英語、sizzle。転じて、「飲食物がおいしそうに見える状態」を意味します。業界でよく言う「シズル感がある」とは、冷えたジョッキの水滴や、吸物椀から立ち上る湯気、刺身の透明感などをうまく表現することによって、対象物をよりおいしそうに見せていること。我らが『あまから手帖』は、読者の皆さんの目を惹きつけ、喉をゴクリと鳴らしてもらうべく、日々シズル感溢れる写真(広く言えば記事・誌面)を追求しているのです。
ところで、シズル感を表現するには、そもそも「対象となる飲食物がおいしいこと」という基本的な条件があります。まずいものがおいしく見えるように工夫するのは、どちらかというとSFXに近い領域で、あくまでも、おいしいものがもともと備えている特別な雰囲気、放っているオーラのようなものを、曇らせることなく見る人の目に届けるためのあれやこれやが、シズル感を醸すということなのです。
やっと言いたいことに近づいてきました。そう。おいしいものは、見ただけでおいしいとわかるオーラをまとっているのです。目で見てわかるシズル。プロ野球・新庄選手の「28年間思う存分野球を楽しんだぜ。今年でユニホームを脱ぎます打法」みたいな打法命名術にならって名づけるなら、「ぼくめっちゃおいしいよ。ほら食べて食べて、食べて〜なオーラ」と呼んでいいかもしれません。旨いものにはシズルが「見える」。この定理にはほとんど例外がなく、パンもまた同様です。
利いた風なことを書いていますが、あまから歴の浅い私がこれを実感したのは、まさにパンロケハンのさなか。日に3、4軒のパン店を回る、それを数日繰り返したあたりでした。
店に入って、まずは置いてあるパンをざっとひとわたり眺めるのですが、イケてる店ならば、そこにはなぜだかわからないけど惹きつけられてしまう一隅が必ずあります。色や質感などを含めたシズルに反応して、どんなパンかをアタマで認識する前に目が留まってしまうのです。で、ふらふらと近づいていく。そこに並ぶのは多くの場合、下調べなどで情報を得ていた、お店が大得意とするパン。そして、その店でいくつか買って帰ったうち、一番おいしいのはやっぱり…という具合です。逆に、第一印象で選べず、迷うがゆえに数多く買い込んでしまったお店のパンは…言うまでもありませんね。
もちろん、ぐるり一瞥する間にオーラがどうたらとか考えているわけではなく、ほとんど条件反射のようなもの。疲れているから塩気のものに目がいく、肉続きだから緑のものに惹かれるなど、多少の誤差はあるでしょうが、誌面掲載のクオリティーを満たすかどうかの一次的な判断は、結局のところ、この目に見えるシズル(と、それに反応する人間センサー)に頼るしかないようです。
写真にどう撮るか、ページをどう構成するか、なんて煩悩とは無縁でいられる読者の皆さんならなおのこと。まして、パン屋さんでは実物を見て選べるのです。ずらりとパンが並ぶ雰囲気のいい店に入ったら、品札の値段や紹介文を端から読んでいく前に、まずはご自分のセンサーだけを頼りに、オーラを放つ一品を探してください。そして、同じパンがいくつもあるなら、その中から特にシズルな一つを選び取りましょう。それ、きっとめっちゃおいしいですよ。(拓)